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先生よりメッセージ

卒教録音の功罪について

 

卒業録音というのは、生徒の意欲を高めるために良い制度です。しかし、弊害になる事もあるようです。生徒や保護者が、「〇年生までに〇〇課の録音をしよう」とか、「〇〇ちゃんに先を越されないようにしよう」というよう競争心で音楽と向き合うような心に繋がっているケースがあることです。肝心の音楽のことではなく、別の都合向き合っていることです。これでは、音楽のみならず、音楽で情緒を育てるという目的から外れていきます。

 皆様は知らないと思いますが、卒業録音には、指導者向けにのみ、何段階かの評価があります。一番上は「記録に残るような素晴らしい演奏」というのがあり、全国の先生方はそのような録音を目指しているのです。その評価を得た演奏は才能教育の内部で残されおり、60年前の演奏を聴いても感動します。生徒がその評価をもらうと先生は嬉しいものです。面白いもので、うちのクラスで、「卒業録音レース」が盛んになってから、その最高レヴェルの評価を受ける生徒が減ってきて、昨年はとうとうゼロになってしまいました。僕自身が気づかないうちに、教室の中の「卒業録音レース圧力」に負けてしまっていたのだと思います。

 音楽は、先ずゆっくりと正しいリズムと音程が取れなければ何も始まりません(現代は、完璧に弾ける若者はゴマンといますが、この点でスズキの生徒は比較的甘いです)。そして音楽の醍醐味はそこから先にあります(鈴木鎮一先生は常にそこを目指していました)。そこまでいかないで弾けたつもりになって無闇に練習していては、いつまでたっても高いレヴェルに到達することはできません。達者に指が動いていても雑なものは雑です。一方、練習している本人が、正しいリズムと音程を取れた上で「もっといいテンポで、もっといい音程で、もっといい音で、もっといい表現で・・・」というような気持ちで自分の音と向き合いながら練習を積み重ねていくと素晴らしい演奏になっていきます。漸く音楽が始まります。その過程で、忍耐力や陶冶性が培われていくわけですね。これは自分との戦いであって他人との戦いではありません。また、そういう経験を積み重ねているうちに作曲家の精神がより近くに感じられるようになります。バッハやモーツァルトの音楽はどれだけ練習しても足りないほど高いことに気付くはずです。これは精神的な問題であり、生きる力に繋がるように思います。「神は細部に宿る」と言いますが、どんな分野の仕事にもこのこと言えるでしょう。そういう練習をした上で録音時に少しぐらい間違っても、評価する先生は「素晴らしい演奏」と評価するのです。

 それは初歩のレヴェルから研究科のレヴェルそれぞれにあるのです。いつも言っていますが、ゴセックのガボットの素晴らしい演奏は、モーツァルトの協奏曲の凡庸な演奏に勝るのです。それはキラキラ星から始まっていて、キラキラ星が弾けるようになってからそれをより立派にするために練習する生徒は、その先の曲もいい練習をします。そしてやがて人が感動するような演奏をするようになるのです。

 子供の演奏の素晴らしさというものが確かにあります。卒業録音というものを、若き日のひたむきな努力を傾けた証しとして記録に残すのは大いに意義のあることだと思います。しかし、「卒業録音レース」は子供の精神的な成長を奪い、音楽を冒涜します。音楽を愛する人は、このような浅はかなレースには無縁なはずです。

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5月レッスン予定

松本尚三クラス 月13,20,27 火 7,21,28 水 1, 8,22 木 2, 9,23 金10,17,24 土11,18,25 松本みゆきクラス 水 8,15 木  9, 16, 23 グループレッスン 26日 御影公会堂

4月レッスン予定

松本尚三クラス 月 1,8, 29 火 2,9,30 水 3,10,24 木 4,11,25 金 5,12,26 土 6,27 松本みゆきクラス 水 3,10,24 木 11,18,25 グループレッスン(リハーサル) 7日(御影公会堂) リハーサル 13日(卒業生と6巻以上の生徒のみ、神戸文化ホール練習室) 卒業演奏会 14日 灘区民ホール

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